自由が丘・自由日記


気の向くまま、ひとりごと。
by nattsu358
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パリの幽霊

1月の上旬に、母と岸恵子さんの写真展へ行ったとき
彼女の暮らすサン・ルイ島の写真が何枚もあって
昔アパートを探しに歩いた日々を思い出した。

           ***

パリの住居探しが複雑で大変なことは世界でも有名な話。
とくに外国人だといろいろな証明書類が必要で手がかかる。
私もご他聞にもれず、部屋探しには大変苦労した。
週に1度キオスクが開く早朝に、不動産情報誌を買って
めぼしいところを午前中いっぱいかけてチェックし、
午後はそこらここらに電話をかけまくり、
部屋の見学の約束をとりつけるという作業を
何週間か繰り返していた。
せっかく取り付けた見学をすっぽかされるという
情けないほど切ない日もあった。

私はパリに憧れて、パリに留学した普通の女の子だったので
歴史の古いサン・ルイ島に住んでみたかった。
そして、とてもよさそうな物件をついに見つけた。

だけど学校でそのことをドイツの女友達に話したら
「サン・ルイ島はお化けがいっぱい出て、友人がすごく
怖い思いしたっていってたよ」
といった。サン・ルイ島のお化けばなしは
ほかの日本人男子からも聞いた。

飾ってあった肖像画の少女が毎晩夢に出てきて
追いかけられたという。
霊感の強いクラスメートがいて、除霊してもらって
なんとか引っ越さないで済んだといった。

わたしも一度だけパリに暮らしているとき
お化けらしきものを感じたことはあった。
最初に借りたレンヌ通りに面したアパートだった。
当時ヘアメイクをしていた友人から又借りしてた部屋だった。
広い間取りでキッチンも家具も申し分なかったけど
なにか寂しい空気がいつも流れていた。
それは言葉で説明できそうにもないくらい変な寂しさであり、
どんな明るい音楽を爆音でかけても全くかき消すことのできない
静寂がどんよりと部屋じゅうに充満しているのだった。

で、どこにでも必ずでてくる「霊感の強い人」がある日その部屋を
たずねてくることになり、私にこう告げた。

「なっつさん。怖がらないでね。言ってもいいですか?」

そこまで言われたら聞きたくなくても聞いてしまうのが人間のサガでしょう。

「教えてください。この部屋はなんかあるんですか?」

「3人の霊がいます。ひとりは子どもで二人は男が一緒に住んでいます」

「・・・・・」

サイアクの気分だった。怖かった。
それでも夜は疲れきって熟睡してしまう自分の図々しさを
すごいと思った。
ひとりぼっちで外国に暮らす女の
お化けなんかに負けてたまるかという気合。


*****

ところで憧れのサン・ルイ島の物件。
私はやっとのことで見つけた物件に、わくわくしてでかけた。
恋人も一緒に住むかもしれなかったので、彼も付き添ってくれた。
彼は最初からサン・ルイに住むことには反対だった。

私はただのミーハー娘だったので、ちょっとすてきであれば
どこでも「ここが、いい」と二言目にいっていたので
彼的には心配もあったんだと思う。

私が暮らそうと思っていた部屋は、屋根裏部屋だった。
家賃のわりには広く、キッチンにカウンターがついていたり
暖炉がついていたり、すぐに気に入ってしまった。
窓から眺める中庭もすてきだった。
すぐにそこに住もう!と思ったが、ひとつだけどうしても
生理的にダメなものがあった。

それは屋根裏にいきつくまでの階段の踊り場にあった鎧。
昔どこかの戦で誰かが身に纏っただろう鎧が、佇んでいるのだ。
本当に気味が悪い感じがした。
恋人も気持ち悪がった。
もし夜中、家にひとりで帰ってきたとき
あの階段をひとりで上れるの?と聞かれ、私は考えてしまった。
階段は広かったけど、暗くてかび臭かった。
結局憧れのサン・ルイは諦めた。

     ***

パリの幽霊ばなしは、住んでいる間に何人かに聞かされた。
フランス革命のとき死んでいったたくさんの人の霊が
パリの街をいまだにさまよっているという。
パリスブルーといわれる、パリ特有の陰鬱さは
長い曇り空のせいだけではなくて、
そんな浮かばれない幽霊たちのせいなのかもしれない。
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by nattsu358 | 2006-03-18 16:56 | パリ回想
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