自由が丘・自由日記


気の向くまま、ひとりごと。
by nattsu358
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かなりひっぱるね、あたし


今朝起きて、パンをかじっていたら
また昨日の怒りが蘇ってきてしまった!
あたしの性格って根深いっていうか、なんというか。
モー少しお前はさっぱりと潔く生きていけんのか!という感じ。

笑って寝たけど、結局なんの解決にもなってなかったのよね。
ユーモアは一時的な対処療法でしかなかったというわけ。

何か問題が起こって、それを丁寧に解釈して
解決していくことは、怠っていては決してできない。
正直に自分の気持ちを受けいれ、認め、
じゃ、どーすればいいのかって考え、計画し、行動する。
こういう当たり前のことを日々確実に続けていければいいんだけど
そう簡単に一度持った感情を一人作業で手放すのは難しい。
痛みを手放す・・・なんて書くとどっかのヒーラーの台詞に
聞こえてくるけれど、要するに、起こってしまった出来事から
感情を切り離して忘れ去るという作業のこと。
私は日常生活のなかでそういった当たり前の作業をすることが
とても下手になっているのも事実。

昨夜、日記を書いたあと、だんなと出来事自体には触れず
そういった人間の感情をどうしたら手放せるのかっていう話をした。
今の自分にとって大切な内容だったので
ここに書きとめておこうと思う。

彼は、本当に深いところで問題や相手や自分を許すことは、
やっぱり日々の瞑想しかないんではないかといった。
それも一晩で完成するもんなどではなく、
三ヶ月・・・一年、三年・・・と毎日毎日心の掃除が必要なんではないか、と。

例えば、心を部屋にたとえてみる。
埃まみれの散らかっている部屋があるとする。
その部屋の片隅の一角だけは、まだ埃もたまっていなくて
とてもきれい。そのきれいなところだけ見ていれば
毎日の生活は、それなりに快適に暮らせる。
だけど、本当はその部屋全体は埃まみれで散らかっている。
やがてだんだんとそのきれいだった一角にも埃が溜まり舞い始める。
そして、汚くなっていることに気づきはじめ、
少しのことでその埃の存在が気になるようになり、我慢できなくなる。
最後に自分が汚れきった部屋で生活していることに気づく。
つまり掃除をせざるをえない状況が訪れるのだ。
それがまさにここ数年の私の心の状態。
その部屋は掃除をしてもらいたくて、いろんな形や相手を変えて
それを私に知らせようとしてくる。
昔は気づいていなかったこれらの埃。
だけど気づいてしまって生きづらくなっちまった以上仕方ない。

30数年生きていれば、それなりに埃は必ずたまっている。
30数年かけて汚してきた部屋を掃除するには
それなりの時間もかかるというわけ。
しかも生きている限り、掃除はしていかないと
埃はたまり続ける。これって日常生活と全く同じでシンプルなことだ。

単純に日常のなかでむかつくことが起こり、
その対象となる相手に怒って話し合って解決できることもある。
けれど、誰かに怒りをぶつけるには、簡単ではあるが、
それ相当の覚悟が必要であり、しかも必ずしもそのアクションが
深い部分での問題解決につながるとは限らない。
怒りのぶつけ方や場合によっては、今まで培ってきた信頼関係や環境など、
大切なものが何もかもパーになってしまう可能性もある。
だから人を怒るときには、それなりの覚悟が必要だ。

んじゃ、どーすりゃいいの?
小心者のあたしは空に問いかける。

だから瞑想があるといわれた。
この手の話は百万回くらい聞いているはずなのに
全然長続きしない自分がいる。

掃除をしていかなければ、一時的な対処療法としての感情を手放す作業は
できたとしても、本当に根深いところで
出来事にくっついている感情そのものは潜在的に残っているから
また何かの拍子に同じ問題や状況、それに伴う感情が浮上してくる。
潜在的に溜まっている埃を掃除するのが瞑想であり、
今抱えている問題解決に、最も有効な手段だということ。
こんな情報を知っているのに、やるかやらないかはあとは自分次第。
妊娠前まで毎朝、毎晩、瞑想をしていた時期もあった。
6ヶ月過ぎたころ、いつの間にか、自分がくっつけていた
マイナスの足かせがとれていることに気づいた。
「こうしたらもっといいだろうに」と思いながらもできないでいたことが
するりと何時の間に行動に移せるようになったのだった。
この知らぬ間に変化している自分に気づいたときは驚いた。
残念ながら、このあとつわりに悩まされ、瞑想をしなくなってしまった!
ただのいいわけ。

「楽に生きる方法に近道なんてないよ」と彼は言っていた。
自分しかないのだと。
レメディやヒーリングなどに頼っても結局は自分しか問題解決できないんだよ、と。
(もちろん私は昔服用していたこともあった)
すごくこれらの説明で私は心から納得できた。

そして、彼はかなり楽に生きているのを私は知っている。
同じ屋根の下に暮らし、同じ釜の飯を食いながら、
彼は確かに私より気楽に生きている。

最近、子育てで忙しいのに、ムショウに家の掃除をやっていた。
だけども箪笥の中の衣類はめちゃくちゃになっている。
これってまさに私の生き方なんではなかろうか。
こういう話を書いてみると、
本当に掃除したいかゆいところを掃除することから
どこかしら間逃れようとしていた気もする。

悩むのがすきな私。
人間孤独に大いに悩んで大いに考えるのも大事と思う。
これから本当の意味でハッピーに暮らすためにも
毎日少しずつ本当に大事な、一生キレイになりすぎることのない
部屋の掃除もしていくしかない。
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by nattsu358 | 2005-11-06 12:09 | 今日のできごと
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