自由が丘・自由日記


気の向くまま、ひとりごと。
by nattsu358
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カテゴリ:今日のできごと( 90 )

さよなら、キョーシロー


今日は、子供が風邪をひいて一歩も外に出られなかった。

夕方、パパに留守番を頼んで、ひとり自由ヶ丘の町に散歩にでた。
ipodには、キョーシロー。

彼は、小学生のわたしに異国のロックやポップスを教えてくれた
大切なひとだった。

♪気の合うトモダチって
たくさんいるんだ
いまはわからなくても

町ですれちがっただけで
わかるときがくるさ~♪

わたしは気がついたらもう36も後半。
気の合うトモダチは、
まだほんの数人しか見つからないまま
生きている。

駅前で知っている子を見つけた。

原宿でずっとアクセサリーとか服の
インポートをしていた女の子。

すごく懐かしくなる。

あの子は、変わってなかった。

あのとき一緒にいつもいたフランス人の
恋人が隣にいなかっただけ。

わたしは当時のわたしとかけ離れた生活を
この町で送ってる。

時間てなんだろう。
未来ってなんだろう。

声をかけたいなって一瞬思ったけれど
やめた。

すっぴん顔で、
自由に、
自由ヶ丘の町を歩く

東急の横を通り過ぎる。

閉まりかけた古くからあるオモチャやの前を通る。

ありふれた日常。

なんでもない風景。

ひとりでふらっと歩くだけで
いつもと違う空気を吸った。
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by nattsu358 | 2009-05-21 22:24 | 今日のできごと

BE 岡本太郎

昨夜テレビで見た壁画、「明日の神話」はすばらしかった。
七夕の夜の最高のプレゼント・・・!

高度成長の歯車にまかれて堕落していく日本と
太郎さんはずーっと闘っていたことを改めて
想い、心が震えた。

「明日の神話」は、今の世に本当に
必要だから、現れたんだと思う。

彼が死ぬまで闘い続けていたことは知っていた。
でも、本当に何と闘っていたのか
何を作品を通して私たち日本人に訴えていたのかが
ストンと心に落ちた。

東京の真ん中、青山に拠点をおきながら、
神話をすっかり忘れて、変わり果てていく日本と
日本人を感じまくっていたんだと思う。
危機感を誰よりももっていたのかもしれない。
そして、一度すべてが壊れて再び再生する強さを
彼は知っていたのかもしれない。
未来の日本が辿る道を見ていたのかもしれない。

もちろん、彼は人を救おうなんていう
おこがましいことは思っていなかっただろう。
でも、彼の芸術活動を見て、その個で輝く強い太陽の
エネルギーを感じて、
自分の光を思い出す人たちが出てきたら
大勢出てきたら
結果的にそれは日本を救うことにつながるんだよね。

パリやメキシコの映像を見ながら、
古代昔から、彼はいつも同じ仕事をしているんだろうって思った。

昇天する炎の魂。
彼が他界した夕暮れに、東京の空に巨大な火の玉が
浮かびあがったのは、ぜったいに彼の魂なんだと思い、
その奇跡に心が震えた。

太郎さん。
私もしっかりキャッチしたよ!!
あなたが投げかけてくれたメッセージ。
ぜったい忘れないように生きていくって決めました。
そしてミューズである敏子さんの絶えない笑顔と愛の強さに
同じ女として脱帽でした。

この夏でもうすぐ1歳になる娘と
迷わず太郎さんの壁画を汐留まで見にいこうと決めた。

死の闇を抜けて、生という光の中に出てきたばかりの娘なら
その見たまんまの太郎さんのピュアなメッセージを
原色で感じ、理解できるんじゃないかと思う。
娘のこれからの人生、個で、自由に、人間らしく
強い輝きを放つことを願いながら。
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by nattsu358 | 2006-07-08 16:54 | 今日のできごと

緑ヶ丘のひとこま

今日は、娘と奇跡的な朝寝坊をした。
いつもは6時半に起きているのに
今朝は娘が9時40分に目覚めた。
昨晩はめずらしくよくおっぱいをほしがったので
何度も寝なおしたからだと思う。
子供ができるとこんなにも規則正しい生活が
できるのかと、自分でも驚いている。
母親になるって、こういうことなんだと
7時半に朝食の準備をしていると思う。

天気予報をまめにチェックするようになったのも
娘を出産してからだ。
今日は一日曇りの予報。
もちろん気温も気になる。
今日は若干蒸し暑いようなので
娘に半そでのTシャツを着せた。

洗濯機をまたもやまわし、
洗濯をする。

午後は、オフィスのコーヒーが切れているというので
ぶらぶら買いに東急に出かけた。
だんなも散歩がてらオフィスから出てきて三人でぶらぶら。
オフィスに立ち寄って、ドーナツプラントで買った
ピスタチオのドーナッツを食べたあと、
やまだ電気にいって、ICレコーダーを見に行く。
そのあと、気持ちがいいので
緑ヶ丘周辺を三人で散歩した。

私は、緑ヶ丘という町が好きだ。
ほとんど人が歩いていないし、名前のとおり
歩いているとたくさんの緑が目に飛び込んでくる。
雨の降ったあとのせいか、緑がいつもよりも深くなっていた。
この季節は、家々の軒先に咲く、あじさいが色鮮やかで
とてもきれいだった。

バギーを押しながら、あてもなくぶらぶらして
そろそろアイスコーヒーを冷蔵庫にストックしておきたいね、
という話になり、
文化堂で、アイスコーヒーと牛乳を買って、
図書館でえりさんに勧められた「アマテラス」
というマンガを予約した。
そのままだんなは雑誌を読んでくというので
彼をおいて、私は娘と二人で夕暮れ時の道を家路に向かった。

途中、近所の同じ0歳児の赤ちゃんをもつKさんが向こうから歩いてきた。
Kさんの胸に抱っこされた息子のYくんもずいぶん大きくなっていた。
Kさんは、ちょっと恥ずかしそうに年子ができたといっていた。
なんだかわたしまでとてもうれしくなってしまった。
少しぽっこりでたおなかをまたしてもなでさせてもらった。
生まれたらぜひ抱かせて、と思わず頼んでしまった。
しばらく近所の子育て情報を交換して、別れた。

緑ヶ丘の一日は、今日もゆったり暮れていく。
お昼はエスニックチャーハンだったので
夜はさっぱりそうめんをゆでようと思う。

なんでもないこういう日々を、最近こよなく愛している。
たぶんそれは、こういう生活には必ず終わりがあることを
どこかでちゃんと知っているからだと思う。
もし、終わりがあることを知らなかったら
この平凡さを私はきっと楽しめなかっただろう。

そもそもこの世には、「安定さ」なんてないのだということがわかってから
私の人生観は、ずいぶん変わったような気がする。
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by nattsu358 | 2006-06-13 18:49 | 今日のできごと

冷やし中華

今日は、満月が近いせいなのか体がだるい。
ほんとはだらだらしていたかったけど
ずっと降りつづけていた雨があがっていたので
たくさんの洗濯物をした。

お昼、彼がオフィスに出かけるというので
冷やし中華をつくることにした。
今年初めてつくる冷やし中華。

卵をやいて、冷えたトマトときゅうりを刻み、
蒸し鶏をつくってさく。
今日はおおきめのどんぶりに麺をいれてみた。

つるりと食べたあと、
彼がでていって、がらんとしたキっチンで一人食べたお皿を洗った。
ついこの前までお湯であらっていたけれど
今は冷たいお水が手に気持ちいい。
かちゃかちゃとお皿を、流水で流しながら
手でその冷たさを感じていたら
ふと去年の今頃のことを思い出した。

大きなおなかでよく私は冷やし中華をつくっていた。
そうめんをゆでることも多かった。
妊娠中は、添加物を除去していたから
けっこう丁寧に食事を作っていた。
特にスープやたれ作りに凝っていて
冷やし中華も手製のものを用意した。
これといってやることもなかったし
料理をつくるのはとても楽しかった。
静かな台所で、ぽんぽんと私のおなかをける
赤ちゃんの胎動を感じながら
野菜を切ったり、ゆでたりした。

今日は、昼ねをしている娘が起きないうちにと
市販のスープをざっとかけただけだった。
おなかから彼女が出てきてから
私の料理は、とても雑になってしまい、
とにかくゆっくり手間暇かけることができないでいる。
だけど、これもほんの2、3年のことなのかしら。

昨日は3人の妊婦のお友達と会った。
みんなかわいい幸せそうなまあるいおなかをしていた。
うれしくて、かわいくて、思わず彼女たちのおなかをなでさせてもらった。
独特のゆったりとした空気が漂っていた。
そういえばわたしもよくみんなにおなかをなでられた。

妊娠期間は、女性にとってバラ色だと思う。
出産したときは、苦しかったからもう当分無理って
思っていたけれど、今はまた体験したくなっているから不思議。
痛みって忘れられる。
女の体って本当にすごいと思う。
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by nattsu358 | 2006-06-12 13:34 | 今日のできごと

春風吹く

今日の自由ヶ丘では、春風が吹きまくっている。
さっきから赤ちゃんと二人で、
出かけようかどうしようか迷っている。

わたし「ね、ね、風強いけどお散歩どうする?」

あか「。。。。。。。。」

もちろんまだ何も言わないけれど、
わたしの言葉がわかるのか、窓の外で吹き荒れる風に
ゆさぶられている魔女のおばあさんの木の小枝を
見つめている。
(魔女のおばあさんの木はこの家が建つ前から
植えられていてこの愛称で呼ばれている)

とりあえず、出かけるために
娘にくつ下をはかせてみた。

本屋にも行きたいんだけど。
どうしようかな。
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by nattsu358 | 2006-04-03 15:06 | 今日のできごと

妊婦さん来る


今日は家にトモダチが5ヶ月の妊婦さんをつれて来た。
トモダチといっても一度も遊んだことのない人で
初めて今日ゆっくり話したという感じ。

少し大きくなったお腹は、見ていても幸せだった。
妊婦さんてどうしてあんなに幸せそうに見えるんだろう。
お腹の中に赤ちゃんがはいっていると思うだけで
なんとなくかわいく見える。

中国人とのハーフの赤ちゃんが入っているといった。
国際結婚って二つの文化を味わうことができてすばらしいと思う。

蜂の家の栗どらをお土産に持ってきてくれ
お茶を入れながら食べた。
(蜂の家のお菓子は本当に好き!)
ちなみに私は今朝亀や万年堂で
ナボナを買っておいたのでそれを出した。
(最近私の中でナボナが流行っている。王さん意識してます)
うちの赤ちゃんは、最初の1時間くらいは
とてもいい子にしていたけれど、
それからはお昼ねしたくてもなかなかできないようで
ぐずぐずと泣いた。

4時半になって、トモダチたちが帰り、
私はHACドラッグに行ってパンパースのMサイズを買いにいった。
その途中、今しがた家を出たばかりの二人に
「私の部屋」の前でばったりまた会ってしまう。
「やぁーー!偶然っ!」なんていって。

またすぐ別れて、HACへ。
それから駅前のロータリーを横切り、南口方面に歩いて
無印の隣りの移動カフェで冷たい飲み物でも買って
ベンチで一休みしようかと考えていたら
また同じ二人とばったり会ってしまう。
「えーっ?また!偶然っ!!よく会うねー」
といいながら分かれる。

それから私は結局立ち止まることなく東急へ。
するめイカとキャベツと焼きそばを買って帰る。
今宵はイカ焼きそば一品。

いやはや、ここまでで一日の疲れがどっと出て、
そうだドーナツプラントのテラスで外の風を吸いながら
一息いれようと東急の帰り道、
赤ちゃんに承諾を得て、中に入ろうとしたら
あの二人がレジで並んでいるのを発見!
さすがに驚いた!

声をかけようと思ったが、なんとなくやめにして引き返した。
もう今日はこれで十分だろう。
いくら小さな町だからといってこんなに会うなんて不思議だ。
ここまで正味わず30分の間のできごと。

外での一服はあきらめて家に戻って
風呂の支度をし、大急ぎでカラダを洗ったあと
赤ちゃんを入れ、忙しい夕刻が過ぎていった。
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by nattsu358 | 2005-11-27 20:57 | 今日のできごと

めるしー、めるしー!


昨日パリにいるセシルちゃんから
赤ちゃんのためのプレゼントが届いた。

かわいい柄の肌着やら靴下やら、
ジュースを飲むのにぴったりな哺乳瓶、おもちゃなど
赤い箱のなかに詰まっていた。
ヨーロッパの赤ちゃんグッズは、デザインにしろ
素材にしろ、機能性の面で日本のそれよりも進んでいるような気がする。
やはり普段ご用達のN松やにはない感じデシタ。

それにしても、赤ちゃんの服はみるみるうちに
小さくなってしまう。
いくら買ってもすぐに足りなくなってくるような・・・。
ついこの前まではぶかぶかだったカバーオールも
今では足が出てつんつるてんになってきた。

今度の30日で4ヶ月を迎えるわけだが
すでに6キロを超えており、身長も61cmとなった。
60サイズの服もいよいよ終わりになりそう。
次の春までもつ服は何着あるだろう。

最近、めっきり寒くなってきたので
ユニクロのフリース素材のあったかい服を
かってあげたいなーと思う今日この頃。

昨日は親子初出勤して、くたくただったけど
夜の9時に同業者のトモダチを家に呼んでワインを飲んだ。
産後初めての夜遊びにわくわくした。
量はぜんぜん飲めなかったけど
すごく気分転換になって楽しかった。

これからまた少しずつできる範囲から
仕事復帰しなければ・・・と思っている。
さて何からはじめようかな??
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by nattsu358 | 2005-11-25 11:20 | 今日のできごと

平凡だに。


平凡な一日が今日も終わる。

今朝は赤子と予想外の二度寝できて幸せだった。
11時ごろからいつものピラティスDVD開始。
12時ごろトーストを焼く。
だんな起床。
コーヒーをいれてもらう。

いつもより洗濯時間が遅くなり
私の嫌いな隣りの家の猫が堂々と私の洗濯干し場で
日向ぼっこしていた。
(猫は大好きだがあの猫は苦手)

夕方近く、駅前のexcelsiorcafeで三人でお茶。
だんなはのちにパチンコに消えていった・・・・。
一方、私は東急で買い物。
料理が面倒なのでおでんのたねを買って帰る。
(調理時間鍋にぶっこんでおよそ5分)

赤子と風呂に入り、おっぱいをやって寝かせ
細木カズコを見ながら一人おでん。
昨夜のヌーヴォーを軽く2杯のんだ。
今年はほんと旨い。
毎年当たり年といっているのでうそかと思っていたけれど
ほんとどれを試飲してもおいしかったのでびっくりした。
今までで飲んだなかで一番おいしいと思う。

そういえば午後、くりから電話あり。
他愛もないことで笑い、来週こそ会おうと誓いあう。

昨日整体うけたせいか、ものすごい脱力の一日だった。
カラダがゆるんだおかげで、気持ちもゆるゆるだった。
平凡だったけど、こういう一日ってすきだ。
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by nattsu358 | 2005-11-18 21:19 | 今日のできごと

かなりひっぱるね、あたし


今朝起きて、パンをかじっていたら
また昨日の怒りが蘇ってきてしまった!
あたしの性格って根深いっていうか、なんというか。
モー少しお前はさっぱりと潔く生きていけんのか!という感じ。

笑って寝たけど、結局なんの解決にもなってなかったのよね。
ユーモアは一時的な対処療法でしかなかったというわけ。

何か問題が起こって、それを丁寧に解釈して
解決していくことは、怠っていては決してできない。
正直に自分の気持ちを受けいれ、認め、
じゃ、どーすればいいのかって考え、計画し、行動する。
こういう当たり前のことを日々確実に続けていければいいんだけど
そう簡単に一度持った感情を一人作業で手放すのは難しい。
痛みを手放す・・・なんて書くとどっかのヒーラーの台詞に
聞こえてくるけれど、要するに、起こってしまった出来事から
感情を切り離して忘れ去るという作業のこと。
私は日常生活のなかでそういった当たり前の作業をすることが
とても下手になっているのも事実。

昨夜、日記を書いたあと、だんなと出来事自体には触れず
そういった人間の感情をどうしたら手放せるのかっていう話をした。
今の自分にとって大切な内容だったので
ここに書きとめておこうと思う。

彼は、本当に深いところで問題や相手や自分を許すことは、
やっぱり日々の瞑想しかないんではないかといった。
それも一晩で完成するもんなどではなく、
三ヶ月・・・一年、三年・・・と毎日毎日心の掃除が必要なんではないか、と。

例えば、心を部屋にたとえてみる。
埃まみれの散らかっている部屋があるとする。
その部屋の片隅の一角だけは、まだ埃もたまっていなくて
とてもきれい。そのきれいなところだけ見ていれば
毎日の生活は、それなりに快適に暮らせる。
だけど、本当はその部屋全体は埃まみれで散らかっている。
やがてだんだんとそのきれいだった一角にも埃が溜まり舞い始める。
そして、汚くなっていることに気づきはじめ、
少しのことでその埃の存在が気になるようになり、我慢できなくなる。
最後に自分が汚れきった部屋で生活していることに気づく。
つまり掃除をせざるをえない状況が訪れるのだ。
それがまさにここ数年の私の心の状態。
その部屋は掃除をしてもらいたくて、いろんな形や相手を変えて
それを私に知らせようとしてくる。
昔は気づいていなかったこれらの埃。
だけど気づいてしまって生きづらくなっちまった以上仕方ない。

30数年生きていれば、それなりに埃は必ずたまっている。
30数年かけて汚してきた部屋を掃除するには
それなりの時間もかかるというわけ。
しかも生きている限り、掃除はしていかないと
埃はたまり続ける。これって日常生活と全く同じでシンプルなことだ。

単純に日常のなかでむかつくことが起こり、
その対象となる相手に怒って話し合って解決できることもある。
けれど、誰かに怒りをぶつけるには、簡単ではあるが、
それ相当の覚悟が必要であり、しかも必ずしもそのアクションが
深い部分での問題解決につながるとは限らない。
怒りのぶつけ方や場合によっては、今まで培ってきた信頼関係や環境など、
大切なものが何もかもパーになってしまう可能性もある。
だから人を怒るときには、それなりの覚悟が必要だ。

んじゃ、どーすりゃいいの?
小心者のあたしは空に問いかける。

だから瞑想があるといわれた。
この手の話は百万回くらい聞いているはずなのに
全然長続きしない自分がいる。

掃除をしていかなければ、一時的な対処療法としての感情を手放す作業は
できたとしても、本当に根深いところで
出来事にくっついている感情そのものは潜在的に残っているから
また何かの拍子に同じ問題や状況、それに伴う感情が浮上してくる。
潜在的に溜まっている埃を掃除するのが瞑想であり、
今抱えている問題解決に、最も有効な手段だということ。
こんな情報を知っているのに、やるかやらないかはあとは自分次第。
妊娠前まで毎朝、毎晩、瞑想をしていた時期もあった。
6ヶ月過ぎたころ、いつの間にか、自分がくっつけていた
マイナスの足かせがとれていることに気づいた。
「こうしたらもっといいだろうに」と思いながらもできないでいたことが
するりと何時の間に行動に移せるようになったのだった。
この知らぬ間に変化している自分に気づいたときは驚いた。
残念ながら、このあとつわりに悩まされ、瞑想をしなくなってしまった!
ただのいいわけ。

「楽に生きる方法に近道なんてないよ」と彼は言っていた。
自分しかないのだと。
レメディやヒーリングなどに頼っても結局は自分しか問題解決できないんだよ、と。
(もちろん私は昔服用していたこともあった)
すごくこれらの説明で私は心から納得できた。

そして、彼はかなり楽に生きているのを私は知っている。
同じ屋根の下に暮らし、同じ釜の飯を食いながら、
彼は確かに私より気楽に生きている。

最近、子育てで忙しいのに、ムショウに家の掃除をやっていた。
だけども箪笥の中の衣類はめちゃくちゃになっている。
これってまさに私の生き方なんではなかろうか。
こういう話を書いてみると、
本当に掃除したいかゆいところを掃除することから
どこかしら間逃れようとしていた気もする。

悩むのがすきな私。
人間孤独に大いに悩んで大いに考えるのも大事と思う。
これから本当の意味でハッピーに暮らすためにも
毎日少しずつ本当に大事な、一生キレイになりすぎることのない
部屋の掃除もしていくしかない。
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by nattsu358 | 2005-11-06 12:09 | 今日のできごと

今日思ったこと。


もし一億円あったら、まちがいなく
わたしは今の家を出る。

今日はそんな気持ちだ。

カラダがくたびれてんだと思う。
昨日整体にいったから、カラダが緩んで
溜まってたもんが出てんだと思う。

わかってはいるんだけど
今日はこの怒りとちゃんと向き合いたい。

なぜ産後、オンナは実家に帰るのが
定義みたいになっているんだろうか、世の中。
(んなくだらん常識全然知らなかったぜ!)
なぜオンナ方の家のものだけが
産後の手伝いを強いられなければならないのだろうか。

私はすごくそれを疑問に思っている。
そして、そんなつまらん常識みたいなものに
怒りさえ感じている。

ご他聞にもれず、わたしも三週間ほど
実家に帰って母たちに産後の手伝いをしてもらった。
産後すぐの二週間はこちらに母に出てきてもらい
身の回りの世話をすべてしてもらった。
ありがたい、感謝だった。

でも出かける前から、なぜ?感はぬぐえなかった。
どうして必ず里帰りしなくちゃならんのかが。
私は産前から夫の両親に、とにかく実家の母を頼れ、
甘えろと口をすっぱくされて言われていたのだ。

幼少のころから共働きの両親のもとで育った私は
自分でできることを全部自分でやることは
当たり前だった。
それにうちは代々、女たちが働いていたので
特に実家に帰って数ヶ月世話になるというしきたりは
なかったし、うちの母も私が生まれたときは
祖母が数週間手伝いにきてくれただけで、
あとは父と共に私を育ててくれた。
私はそれが別に滑稽とも思わないし、
子供は夫婦が自己責任の下で作ったものなのだから
なるべく二人でやっていくのが当たり前と考えていた。

私が実家に帰ってくれたほうが、確かに余計な
心配はいらないし、さまざまな面で気が楽なのはわかる。
けれども、同じ家族ならば、困ったことがあれば
近くのものたちで助けあえばいいでないんだろうか。
少なくとも各々ができる範囲でよいと思う。

皆、それぞれの生活があるのはよくわかる。
そのペースを崩されたくない気持ちもよくわかる。
が、だからっといって、「とにかく産後は実家に帰ってればいいじゃない」
っていう台詞はないと思う。
いくら自分の家に来てもらうのが面倒だからって
そんな言い方はあまりにも身勝手ではなかろうか。

ああ、この人ってこーゆー人だったんだーっていうがっかり感。
潔く本人から、
できれば家にこないで実家に戻っていてちょうだいっていってくれたのは、
ある意味とても素直で、裏表がなく、正直さがあって良いけれど。

言うほうも言われるほうもエネルギーは同じ。
もちろんそのような台詞を言われる私の甘さも
大きな原因だということは重々わかっている。
しかし、一番怒れるのは、なるべくならあなたたちを
頼りにしないで生きて生きたいと本気で私が思い願っている思いは
何も聞かず、ただ厄介者みたいにされたこと。
人の話を聞かずに、自分の言いたいことを言って
人を動かそうとすることは、本当に失礼なことだと思った。

人には誰にでもそれぞれの事情ってもんがある。
私の実家は母親の再婚相手と新しく建てた家であり
私にとっては実家であるようなないような微妙な面がある。
諸事情により、実家に帰りづらい、あるいはできれば帰りたくない身の上の人は
世の中に山ほどいるだろう。
だからってそのことにこだわって里帰りしないわけではない。
ただもう私にとっては計5週間、母に身の回りの世話をしてもらって
十分だということなのだ。
あとは夫婦でやっていけばいいと思っている。

何かあったら自分たちを頼らないでほしいというスタンスは
口に出さなくてもよくわかっていること。
そしてなるべくならこちらもそうしたくはないんだよということ。
防御線を張りたいのはよくわかるけれど
だからって実家に帰れなんて言ってほしくなかった。

なるべく自分たちの力で私はやりたいと思っているのだから。

さっき特に何も語っていないのに
「我慢は禁物よ!」というメールをみゆがくれた。
すげー励みになった。
夜中くりと亀や万年堂のナボナについて語って爆笑した。
しょーもないことを話すのって最高。
ユーモアは最高の癒しだ。
あとはなんといってもお子の笑顔!
怒るだけ怒って、
もう笑い飛ばして今宵は豪快に寝ることにしよう。
これ以上ひっぱったって仕方ないのだしな。
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by nattsu358 | 2005-11-05 23:04 | 今日のできごと