自由が丘・自由日記


気の向くまま、ひとりごと。
by nattsu358
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カテゴリ:モンスーンエクスプレス紀行( 7 )

モンスーンエクスプレス紀行~国境を渡る~

南タイ、ハートヤイからペナン島へ渡ったときのこと。

すね毛だらけのベッドでしっかり熟睡をとった私たちは、
またもやバックパックを背負い、
朝早くに宿を出て、トゥクトゥクをひろった。

あやしげな乗り合いバスで、タイとマレーシアの
国境を渡ることになった。
わけのわからない食堂前が乗り場らしい。
わたしはわけわからないまま、彼に任せきりで
トゥクトゥクにのって埃っぽい熱い風に吹かれながら
南タイの知らない町の民家の合間を通り過ぎた。

ふしぎなんだけど、その民家とか商店とか
なんでもない屋台とかを横切った景色が
今でも良い思いでになっている。
アジアを旅していて何が一番印象深いかっていうと
たいてい庶民の生活風景だったりする。
彼らのような生活をしたことなんて一度もないのに
なぜあんなに懐かしい気持ちになるんだろう。

      ****

国境を越えるための乗り合いバスってどんなもんだと
思っていたら、8人乗りくらいの普通のバンだった。
食堂でバスの発車時間まで暇つぶしし、
久しぶりにコンビニを見つけたので
入ってガムを買ったり水を買ったりした。

バス、いざ出発。
ものすごく飛ばす運転手さんで、がたがたゆれがひどく
とてもじゃないけど眠れなかった。

国境。
運転手のおぢさんが、パスポートを貸せという。
いやだったけどしぶしぶ渡し、
国境を越えるため、行列で並ぶ。
なんか変な緊張感が漂う感じ。
いやだな、と思いながらもぼけっとつったって
列にならびながら、出国カードを記入した。
30分くらい並んでやっと私の番がきた。
だけどまさかの記入もれ発覚!
また一番後ろに並びなおせときつくいわれる。
同じバンに乗り合わせていた彼、ほかの欧米人らは
もうとっくに通り抜けて向こうに歩いていく背中が見えた。

すごいあせる。
どうしよう?!?!感でどっと汗がにじみでた。

仕方ない。並ぶしかないんだからと最後尾につく。
もちろんすごく時間がかかる。
運転手さんが、怒って私を見つけにきた。
「早くすませてバスに乗れ」
といった。
自分の後ろについてきているはずの人が
突然消えてしまったので、きっと彼も心配しているはず。

結局、数十分並びなおし、無事にバンにのる。
たぶんみなさんにはあやまったと思う。

再び出発してから、初のマレーシアで
大渋滞を経験し、橋を渡ってペナン島に到着。
所要時間、約5時間。
もう陽が暮れはじめ、
オレンジ色をしたたくさんの屋根が輝いてみえた。

ホテルにチェックインし、シャワーで汗と埃を落とし
軽いスカートとTシャツに着替えて
町を散策した。
きれいな色とりどりのお寺があって
そこに一人で入った。

夕暮れ時でみんなわさわさしていた。
出店が多く、縁日を思わせた。
イスラム系、中国系、インド系の人たちが
ごちゃまぜで町を歩いていた。
初めての雰囲気だったけど、なんかとても
とっつきやすい印象だった。


この日は、ちょうど中国でいう大晦日に
あたる日だと気がついたのは、
その日の晩にとまった中華系ホテルで
宿泊客の大騒ぎでだった。

(つづく)
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by nattsu358 | 2006-04-04 18:33 | モンスーンエクスプレス紀行

モンスーン・エクスプレス紀行 「南タイへ」

サムイを出るボートは、ものすごい早朝だった。
まだ薄暗いうちからホテルをチェックアウトする。
毎朝海風に吹かれながら食べていた朝食を取れないのが
心残りだった。
ビーチリゾートで海を見ながら食べる朝食は格別だから。

ボートが出航するまでの時間、港前の食堂でコーヒーを買って飲む。
明け方はまだ肌寒い。
トイレにいきたくなるが、あまりに汚くてがっかりする。

やっと船が出港の合図。
スラターニまで蒼い海を眺め、のんびり向かう。

スラターニからそのままハートヤイ行きのバスを使った。
途中、何度か食堂で休憩を取った。
食堂といってもオープンエアの半屋台。
私たち以外乗客は、ぜんぶヨーロピアンもしくはアメリカ人だった。
おなかがぺこぺこなので、屋台でぶっかけご飯を頼んで
ほくほく食べる。調味料も豊富でおいしい。
だけど食べているのはバスの乗客のなかで
私たち二人のみ。
ほかのみんなはなぜかお昼ご飯を食べないで、
瓶コーラと一緒にポテトチップを食堂でむさぼりくっていた。

「なぜ?こんなに温かいできたてのおいしい食事があるのに!」

どうやら彼らは屋台メシなんて食べたらおなかを壊すと思っているみたい。
体の不安があると、アジア旅行はほんとうに楽しめないなと
そんな弱気な彼らを見て改めて思う。
私もかつてそうだったように・・・・。

地元の人たちが群がっている屋台のほうが
観光客相手のレストランよりよっぽど食材が新鮮だったりする。
その国のローカルフードを口にして、はじめて
その国が理解できることっていっぱいある。

かつては全く屋台が怖くてダメだったおなかの弱かった私も
今ではずいぶんたくましくなり、何でも食べられるようになった。
これは今の夫の影響、おかげさまだ。
おかげでアジア旅行が10倍楽しくなったのはいうまでもない。

長距離バスの中では、もちろん得体の知れない睡魔に襲われ
泥のように眠っていた。
途中の景色も残念ながら全く覚えていない。
起きたら、もう外は暗くなりかけていて、ハートヤイの駅の
ターミナルに到着していた。

駅のそばでミスタードーナツを見つけ、
そこで彼の荷物番をしながら待機していた。
熱いコーヒーを頼む。
一方、彼は宿探しに出かけてくれた。
宿はいつも安くて汚いところばかりだけど、
私の予算を考えて選んでくれているので文句はいえない。

でも、ハートヤイのホテルは群を抜いてひどかった!!
ベッドが不潔。シーツにだれかのすね毛だらけ!!
シャワーも鉄さびの匂いがひどい。
そのことを彼に報告したら、彼と思わぬけんかになった。
彼いわく、これでもずいぶんキレイな宿だ、とのこと。
私たちのとった部屋は、10階だったが
高層の窓枠にはひとつもガラスがはめられておらず
廊下も壁も塵と埃ですすだらけだった。
世の中にはこんな高層ホテルもあるのだ。

それでも外に気を取り直して夕食を食べにでかけた。
とても混雑している食堂でイスラム料理を食べた。

街を見物しながら、あやしげなお菓子を買って食べたり
あてもなくうろうろとした。
なんともいえないすごい人ごみに、東京の電気街、秋葉原を思い出してしまう。
ぜんぜん私の興味のそそらない町並み!
これが私の印象だった。

この街では特にすることもないので翌朝に
ペナン島へわたることにした。
タイはこれで最後の夜だ。
移動でとても疲れてはいるが、
そう思うとちょっと寂しい。
やっぱりタイは好きだ。

文句は言ったが、そのすね毛だらけのベッドの上で
私はまた泥のように爆睡したのだった。

つづく
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by nattsu358 | 2006-02-02 13:30 | モンスーンエクスプレス紀行

コ・サムイでの日々

サムイに三日くらいいたら、もう動きたくなくなってしまう。
だんなは(あの頃はまだ恋人だった)屋台ずきなので
私はたまに断ってホテルで一人でディナーしたりもした。

移動はやっぱり疲れる!
マレー半島に戻るには、再びあのボートに乗らなければならない。
それにあのスラターニという埃っぽい街にまた滞在にでもなるのは
ぜったいにいやだった。
モンスーン・エクスプレス紀行に飛行機を使うなんて邪道だ。

とにかくこのままなんにも考えないで
時間が経ってしまって、ぜんぶどうにでもなれって気持ちですごしていた。
素晴らしく平穏な日々が刻々と終わりに近づくのが怖かった。
この旅はとりあえずシンガポールにたどり着いたら打ち止めだ。
そう考えると南下するのが子どもみたいにいやだった。

ゴオゴオと音をたてて打ち寄せてくる夜の海を見ながら
ぼんやりひとりでそんなことを考えた。
ひとりぼっちのレストランディナーはちょっとこっぱずかしかったけど
屋台を食べたくない日は仕方なかった。

彼も何にも考えていないようで、戻ってからのことを
少しはこのとき考えていたのだろうか?
仕事のこと、私との生活のこと。

サムイのある晩、わたしがホテルから戻ってみると、
床屋にいった彼が突然はげ頭になって帰ってきたことがあった。
ほぼつるっぱげに近いくらい髪を刈ってしまったのだ!
これはかなり笑える事件だったが、
(彼は海外で床屋にいくのが好きらしい)
彼も私みたいに無意識に心境の変化があったのかもしれない。
彼が決して人生でしたくなかった「結婚」について!

午後の一番暑いとき、普段の食事代より数段高価な
スタバにいってアイスカフェモカを飲み
泳ぎたいときにビーチに出て泳いだ日々。
浜辺で小汚い犬に追いかけられて泣きそうになったりした日々。
結婚も仕事もすべて暗礁に乗り上げ不安いっぱいだった私の
すごした安らぎのコサムイの日々を忘れない。

・・・が、旅はまだまだこれからだ。
この数日後にだんなにせかされ、島を出て、今度はバスに乗って
さらに南下することになる。
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by nattsu358 | 2006-02-01 15:46 | モンスーンエクスプレス紀行

モンスーン・エクスプレス紀行その4 「コサムイへ」

ホアヒンに飽きるまで滞在したあと、
またモンスーンエクスプレスに乗って南の街へ向かう。
行き先は、スラーターニ。

食料は車内で調達できるので気軽に乗車。
この日はとてつもなく暑かったので奮発して
2等に乗った気がする。
ところがクーラーががんがんで寒いくらい。
風よけパーカーが手放せなかった。

本を読もうと思ったけれど
泥のように移動中眠ってしまう。
それというのも、車窓から見る景色は緑色一色だったから。
眺めても眺めても、延々とつづくやしの木と原っぱ。
あんなに長時間、何万というやしの木を見たことはない。
目に飛び込んでくる風景がすべて緑なので
癒されてしまうのか、とにかく眠くて眠くて仕方ない。

この旅の移動中、ほとんどの時間を私は眠ってすごした。
まるで旅のあとの人生の大転機を察知していたかのように!
よく大変なことが起こる前、人間はあの世から
知恵をいっぱいもらうために眠ると聞いたことがある。
まさにそんな感じだった。

スラターニは、古い歴史のある港町。
とくに興味はなかったのだが、コ・サムイにわたるための
ボートがここから出ているため、いくことになった。
駅に降り立ち、埃っぽいバスに乗り込んでさらに街の
中心地へ向かった。
そのバスでも眠ってしまう。

そして、この街で泊まった安宿があまりにもショックで
忘れられない。
汚かった!!
安宿旅行をするには、行き過ぎている年齢だったので
ショックも大きかった。

でもやっぱりそこのきしむ古いベッドの上でも
泥のように寝てしまう。
夕飯を食べることも忘れ、深い深い眠りで夢すら覚えていない。

夜中、だんなが屋台で買ってきてくれた
おいしい粽をベッドの上でほおばる。
これがすこぶるおいしい!!
バナナの葉っぱを広げると、栗やきのこ類、鶏肉などが
たっぷり入ったあつあつの粽が顔を出す。
忘れられないな、あの味。

翌日、早く起きて港へ出陣。
汚いホテルのことは、忘れてボートに乗り込んだ。
ここからコ・サムイへ渡る。
10代の頃から憧れていた島なので楽しみだった。
あの頃からは大分かわってしまったと聞いてはいたけれど。

ボートの上でもまた眠ってしまう。
よっぽど疲れていたのだろう。
もちろん東京の。

青い海がとてもまぶしかった。
太陽がじりじりと熱かった。
真っ白だった冬の肌が、赤みを帯びて焼けていくのがわかった。
2~3時間かけてボートで目的地まで向かうのんびり旅行。
なんてきままなんだろう。

サムイについてからは、適当なバスに乗り込み宿街へ向かった。
少し安宿はやめにしようということになり、
バナナ・ファン・シー・リゾートというホテルをブック。
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海の目の前で、とても清清しくて気持ちよかった。

ランチを軽く食べたあと、すぐに水着に着替えてビーチへ。

ここでの生活は、とても快適だった。
暑すぎる午後は、スターバックスで冷たいものを飲みながら
読書して、毎日夕方になるとはだしになって砂浜を1時間くらい散歩した。
時々仕事を思い出すと不安になったけど
そんなときはがむしゃらない泳いだ。

夜はひとりで旅の疲れを癒そうと
チェディのマッサージルームで豪華マッサージを受けた日があった。
ここで受けたマッサージがすばらしく、感動したのを覚えている。
ほんとうにすてきなマッサージだった。

ディナーはホテルで摂った日もあったけど
だいたいが屋台村みたいなところまで歩いていった。
観光客向けのレストランより、よっぽど生き生きとした味でおいしかった。

私たちが滞在していたチャウエン・ビーチエリアは、10数年前にだんなが
訪れたときと、信じられないくらい変わったといっていた。
アジアンリゾートは時代と共にすごいスピードで変化している。
もしかしたら都会と同じくらいの速さで!
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by nattsu358 | 2006-02-01 15:03 | モンスーンエクスプレス紀行

モンスーン・エクスプレス紀行「ホアヒン」 その3

ホアヒンについたのは、電車も遅延したので
すでに夕方近かったと思う。
ただ席に座って、のんびり屋台料理に舌鼓をうったり
ビール飲んだり、うたたねしていただけなのに
とても体が疲れていた。

がらんとした駅から歩いて宿探し。
セブンイレブンに向かって、路地を歩いていたら
先週オープンしたばかりというリゾートホテルを見つけた。
名前も忘れちゃったけど、かなりきれい。
値段交渉をして、その宿をゲットした。

まだぴかぴかの床に感激。
重たいバックパックを投げ出し、はだしになって
ベッドに倒れこむ。
シャワーを浴びて、屋台街へ直行。
ホアヒン名物のマンゴーともち米というものを見つけて
早速食べる。とろーり甘くてなんともいえない味だった。

リゾート地とはいえ、なんとものんびりした田舎くさい感じが抜けないところだった。
散歩しているうちに、とても気に入ってしまう。
私は海のある街が好きだ。

次の日は、バスに乗って誰もいないビーチで
日がな一日をのんびり過ごした。
もちろん片手には本。
あのとき何を読んでいたのかは全く覚えていない。

そうそう、ビーチに出る前にホテルの前の
ランドリーサービスでたまっていた洗濯物を一気にお願いした。
アジア旅行は、こういう洗濯やさんがあって本当に助かる。

水着もこの街で買った。
すごく古い水着専門店で、試着室がちょっとカーテンで
囲ってあるだけ。
リゾートっぽくビキニを試着してみたら
ものすごく似合わなくて、試着室から出てきた私の
わき腹をつまんだ彼が、馬鹿笑いをしたのを覚えている。

夜はナイトマーケットで魚料理をつまみながら
冷えたビールを飲み、遅くまでやっている
マッサージ店で足裏マッサージを受けて楽しんだ。

とにかく、東京から頭がどんどん離れていく。
でもときどき胸の奥がずきんと痛む感覚は、なかなかなくならなかった。
そういう喉に鉛みたいな重たい感情を携えながらも
ホアヒンの日々は平穏に過ぎていった。

次はどこの町へ行こうか。
行き先はどこでもよかった。
どこへ行きたいとか、何を見たいとか何もなかった。
全部彼に任せきりの旅だった。
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by nattsu358 | 2006-02-01 14:30 | モンスーンエクスプレス紀行

旅のエピソード「モンスーン・エクスプレス その2」

わけもわからず日本を脱出した私。
2003年の1月下旬から2月にかけての
マレー半島横断の旅。
寒い時期に東京を抜け出して、南国ですごすとは
こんなにも開放感に溢れているものなのかと思った。
同じ時間のすごし方も、場所によってこんなにも違ってしまうものかと。

とにかく最初の数日は、バンコクの街を歩き回った。
若い頃にインドに行くときに立ち寄っただけのバンコク。
こんなにも味わいぶかい場所とはそれまで思わなかった。

暑い暑い午後、ワットポーで涅槃像を眺め、床に座って瞑想したり
そのまま伝統あるタイ式マッサージを寺で受けたり、
屋台で適当に食事をして、チャオプラヤー川のボートに乗って
夕刻のオレンジ色に染まった空の下、気持ちのいい川風に吹かれてみたりした。

私たちが二日目から泊まっていた宿は、水シャワーしかでなかったけれど
とても清潔で、大きなバルコニーがついていてとても気に入った。
久しぶりの安宿旅行にわくわくした。
朝は下の食堂で、適当に起きてシャワーしたあとに一人で食べに行った。
彼は朝ごはんは食べない。
いつも朝食をとりに階下にいくときは、小さなノートと鉛筆を持っていった。
旅のことを大まかにメモするために。

昼間は、だいたい屋台で食事をして散歩したり
これから出る旅のための夏物衣類や雑貨をショッピングセンターで
買い求めたりしてすごした。
これから旅は始まるのだ。

たぶんバンコクに滞在したのは4日くらい。5日目の朝には
モンスーンエクスプレスに乗って、バンコクを出て
ホアヒンという少しさびれたリゾート地へと経った。

朝早い列車に水だけ買って乗り込む。
車内は、一番質素な席をゲット。
もちろんクーラーはなしなので
窓を全開にして、発車を待った。
地元の人たちとぎゅうぎゅうづめの4時間の旅の始まる。

がったん、ごっとん、がったん、ごっとん・・・・

少しずつ電車が動き始めた。
バンコクの町をゆるやかな速度で通り過ぎていく。
掘っ立て小屋みたいな家から、たくさんの子どもがこちらを見ていたり
洗濯物がたくさん干してあったり、食事をつくる煙が立ち上っていたり
するのが車窓から見えた。
いろんな家族がいて、いろんな生活がある。

のんびり、子どもみたいに上半身を窓にせりだして、
決してきれいとは思えない空気を吸い込みながら
過ぎ行くバンコクの町を眺めつづけた。

そろそろ小腹が減ってきたな・・・と誰もが思いそうな調度良い
タイミングに、小さな駅から物売りさんたちが
おいしそうな匂いの食べ物をつめて乗り込んできた。

焼き鳥と小さなごはんのセットを買ってみる。
これ、すごく美味!
彼のほうは、がっぱおライス弁当を頼んでいた。
これがものすごく激から、、、でもものすごく美味しい!

だんだん暑くなり、思わずビールを買ってみたら
隣りのおっさんやいろんな人が、私のビールをじろじろ見て
非常に飲みづらかったのも旅の良い思いで。
みなさん私だけすいませんって気持ちになったっけ。
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by nattsu358 | 2006-02-01 13:57 | モンスーンエクスプレス紀行

旅のエピソード「モンスーン・エクスプレス その1」

毎年この時期になると思い出してしまう旅がある。

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モンスーン・エクスプレスに初めて乗ったときのこと。

約ひと月ちかくかけて、だんなと二人でマレー半島を
電車とバスと船を乗り継いで旅をした。
今から思うと、本当にあの旅行は私にとって
人生の岐路の分岐点となった。

この旅なくして、私たちの結婚はなかった。

ちょうどあの頃の私は、フリーの仕事が忙しく
とてもじゃないけど正月明けにヴァカンスに出るなんて
考えられない時期だった。
でも、そんな頭も心も余裕のない私に、なぜか延々と旅に出ようと彼が誘った。
仕事のこと、人間関係を考えたらはっきりいって
本当に信用を失うくらいのダメージを受けてしまう。
だから、もちろん断った。
断ってもしつこく彼はその晩、何かにとりつかれたように
深夜のロイヤルホストでまずくて薄いコーヒーを
飲みながら、私を説得しようとした。
彼も自分でもどうしてあんな時期に私を旅に誘ったのか
よくわからなかったんではないかと思う。

彼は翌日にはチケットを手配し、三日後には日本を出ると言った。
ひとりでモンスーンエクスプレスを使って、
タイからシンガポールまで時間をかけて横断するといっていた。
もちろん私はその晩の彼の誘いに惹かれながらも
左脳できちんと仕事を理由に断った。

翌日の午後、仕事の仲間とランチをしていた。
なんとなく昨夜の旅の話が頭から離れず
ぼーっとしていた。
なんか、全然おもしろくなかった。
仕事、本当に好きですか?って感じだった。
ランチを終えて、コーヒーを飲んでいるとき
窓のそとを見ると、空には冬の青空が広がっていた。

突然、私は仲間うちから離れ、席をたって気がついたら
彼の番号に携帯をかけていた。

「チケット、もうとっちゃった?!わたしも、わたしもやっぱりつれてって!!!」

人生って不思議だ。

その翌々日の朝、私たちは大きなバックパックを背負って
駅のホームで待ち合わせをした。
成田に向かい、まずはシンガポール経由でバンコックに入る。
まだ自分がとってしまった行動に胸がどきどきしていた。
もちろん仕事仲間は良い顔をしなかった。
自分がこれからどこに向かっているのかも、よくわかっていなかったけど
どうしても、旅に出たくなってしまった衝動が抑えられなかったから。

そんな思いを抱えながらも、成田を飛び立ち、ほんの8時間あまりで
バンコックの街に自分が立っていた。
仕事があまりに忙しく精神的にも疲れていたので
夢を見ているような感じだった。

彼がよく使っていたという安宿街までタクシーに乗り、
とりあえずその日の晩の宿をゲットする。
汚くて、くさいけど、ベッドで泥のように眠ってしまう私がいた。
夜遅く目が覚めて、タイすきの店につれていかれ、
初めて本場のタイすきをほおばった。あつあつで辛くておいしかった。
また宿に帰って、再び泥のように薄汚いベッドで眠りこけてしまった。

翌朝、近所の食堂に朝食を食べにいった。
外に無造作にテーブルとチェアが並べてあり
そこに座ってコーヒーとワッフルとフルーツを食べた。
気持ちのいい湿度とあたたかい南国ならではの風が頬をなで
緑色の木の葉っぱがゆれるのを見て、
私はタイに来てよかった・・・とココロから思ったのを忘れない。

何かにがんじがらめになっていた心が少しずつ
ゆるみはじめ、自由になっていいんだよ、と
感じた瞬間だった。
これが人生で何度かしか味わえないような、かけがえのない旅の
始まりだった。
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by nattsu358 | 2006-02-01 13:33 | モンスーンエクスプレス紀行